独立行政法人国立高等専門学校機構 奈良工業高等専門学校様

金属3Dプリンターで変わる教育 – 奈良高専の挑戦。アイデアをすぐに形に。学生が主役の「デジタルものづくり」で創造性を育む

「『どう作るか』から『何を作るか』へ」と語るのは、国立奈良工業高等専門学校機械工学科の谷口幸典教授だ。デジタル製作機器の普及で、ものづくりのプロセスが大きく変化している。金属3Dプリンターの登場により、図面から現実への変換が容易になり、複雑なデザインも手軽に実現可能に。アイデアがあれば形にでき、価値を生み出せる時代になった。同校では、「デジタルものづくり」の教育を推進するために、デジタル製作機器を学生たちが活用できる環境の整備に力を入れる。「Desktop Metal Studio システム 2」の安全性を高く評価し、発売された2021年にいち早く導入。学生の自主的な運用により、多様な成果を生み出している。

  • 外部委託なしで治具の製作を行い、試行錯誤を短期間で実施したい
  • 学生だけでも安全に金属3Dプリンターの運用ができるようにしたい
  • 導入・設置やトラブル対応が業務の負担にならないようにしたい

01[導入の背景]
「デジタルものづくり」の体験教育環境を構築する

江戸時代から全国有数の金魚の生産地として知られる奈良県大和郡山市。その一角に、国立奈良工業高等専門学校(以下、奈良高専)の広い校舎がある。創立は1964年。機械工学科をはじめ5学科の本科は、各科1学年定員40名。2学科の専攻科は60名。総計1,000名がここで学んでいる。

機械工学科の谷口幸典教授は「ものづくりは大きく変化しています」と語る。3Dプリンターなどのデジタル機器が利用できるようになったことで、製作の自動化・ブラックボックス化が進んだ。図面は描けても作れなかった複雑な形でも、デジタル機器を活用して作れるようにもなっている。アイデアがあれば形にできる。しかも手軽に短期間でできるので、試行錯誤を繰り返してアイデアをブラッシュアップすることが可能だ。

「そういう『デジタルものづくり』が一般化したときに、『何を作るか』が最も重要になってきます。価値を創造することが、これからの教育で一番大事になる。『どう作るか』よりも、『何を作るか』のアイデアがイノベーションを生んでいくのです。これからの教育はそこに注力していかなければなりません」(谷口教授)

高専の教育の役割は、デジタル機器を使いこなし、イノベーションにつながるアイデアを生み出して価値を創造できる人材の育成。「そのためには『デジタルものづくり』を体験できる環境が必須です」と谷口教授は力を込める。

その体験環境を実現しているのが、同校の「ものづくり実験実習棟」だ。使用時の危険度等に応じて複数エリアに分かれており、合計で200㎡におよぶ。樹脂3Dプリンターが数十台並び、金属3Dプリンター、小型ウォータージェットカッター、金属カッター、大中小の5軸加工機、レーザーマーカー、デジタル刺繍ミシンなど、多種多様な機器が揃っている。金属3Dプリンターは2021年2月に発売された「Desktop Metal Studio システム 2」を同年導入し、アジア初の導入例となった。その他の機器も最先端のものを積極的に導入している。

02[導入のポイント]
学生だけで使える安全性が決め手に

同校では、従来から樹脂3Dプリンターを多数導入し、授業で使用している。小中学生を対象に開催している3Dプリンター体験教室は、ものづくりが好きな子どもたちの関心の的だ。樹脂3Dプリンターの教育効果を実感することで、金属3Dプリンターの導入による「デジタルものづくり」教育進展の確信が深まったという。2021年度に国立高等専門学校機構の予算がつき、具体的な検討が始まった。

機種選定にあたって最も重視したのは、学生だけで使えること。そのための決め手になったのが「Desktop Metal Studio システム 2」の安全性だ。

「教員が立ち会わなければならないと、私たちの忙しさがボトルネックになり、学生が使いたいときに使えなくなってしまいます。有機溶剤を使う方式では、危険ですから学生だけで使わせることはできません。それに対し、『Desktop Metal Studio システム 2』は加熱脱脂方式で、有機溶剤による脱脂工程が不要です。3Dプリンター本体と焼結炉の2つだけで構成され、オフィスにも置ける。学生だけで安全に利用できて、管理も容易。3Dデータさえ用意すれば安全に誰もが使えます」(谷口教授)

「3Dプリンターは温度もそれほど高くなりません。炉も全自動です。有機溶剤を使う場合に必要となる防護服も不要で、マスクだけで運用できています」と同科の須田准教授が言葉を添える。

導入にあたって丸紅情報システムズから受けた、設置、試運転、操作指導といったサポートにも満足しているという。

「授業や学校業務の合間にやらざるを得ないという時間的制約から、トレーニングも分割で実施していただく必要がありました。その都度、こちらの都合に合わせて対応いただけて助かりました。1か月後の点検などアフターサポートも手厚い。導入当初は予期せぬトラブルが多発しましたが、丸紅情報システムズのエンジニアの方々が知見をお持ちで、原因究明と対策を迅速に行ってくれました。購入後3年目にしてこれだけのアフターサービスがあるのは、本当にありがたく感謝しています」(谷口教授)

「Desktop Metal Studio システム 2」が設置されているエリアは「起業家工房」と名付けられ、日々の運用は学生スタッフメンバーが担っている。見学・相談も学生スタッフメンバーが受け付ける。学生の安全な利用を担保しつつ、できる限り活用してもらうために、アナログとデジタルを組み合わせた管理を行っているそうだ。 お話をうかがっている間に昼休みに入り、学生さんたちが続々と部屋を訪れ、試作品を手に取ってディスカッションを始める姿が見られた。

03[活用シーン]
部品やツール、金型、実験治具──。学生自身で作りたいものを作る

学生は、同校が実施している「チャレンジプロジェクト」などの活動を通じて金属3Dプリンターの使用を申請できる。「チャレンジプロジェクト」とは、学生が学校に対して、作りたいものを提案する制度。プレゼンを経て認められると予算がつき、材料費などに利用できる。

同制度で認められた事例の一つが「キックボードのフロントフォーク再設計」だ。ジェネレーティブデザインを学んだ学生たちが「この手法を使って何か作りたい」と企画。身近なものに挑戦しようとキックボードのフロントフォークを選んだ。板金で作られているものから強度を落とさず、より軽くできないかを検討している。

「このような条件で設計する場合、ジェネレーティブデザインでは生物の形のような複雑な形状になります。従来の板金では作れない複雑さですが、3Dプリンターなら作ることができます。樹脂3Dプリンターで検証してから金属3Dプリンターで製作しています」(須田准教授)

バイクのブレーキレバーを試作している学生もいるとのこと。並べられた試作品から、改良のプロセスが見て取れる。

「従来は図面を描くことはできても実際に作ってみるのは難しかったのが、金属3Dプリンターのお蔭で実際に作ってすぐに確かめられるようになりました。大和郡山を象徴する金魚の形のクッキー型を作った学生もいます。各々が自分の好きなものを作っています」(須田准教授)

従来は外部に委託して1か月以上を要していた実験用治具の制作も、金属3Dプリンターで1週間程度に短縮された。

「実験をやりたいと思ったときに、必要なものを自分たちだけですぐ作って実施できます。依頼するための手間も不要になり、自分たちでどんどん改良できる。自由度が高く、研究でものすごく重宝するものになりますね」(谷口教授)

専攻科1年の中山さんは、奈良高専のロゴを3D化し、その金型を製作した。

「ロゴは平面なので、想像で3D化しました。それを作るための金型を設計して、金属3Dプリンターで製作したのがこちらです。この金型を使って、ロゴの3Dオブジェを樹脂で作ります」(中山さん)

そう話しながら、射出成型を使い、その場で実際に製作してくれた。作ったオブジェは体験教室に参加した小中学生に配布し、好評を得たそうだ。

「金属3Dプリンターで金型を作って樹脂で製作するプロセスを中山君が実現してくれたので、3年生の授業で射出成型用の金型の企画・3Dデザインを課題として出しています」(須田准教授)

04[今後の展望]
学生が主役の創造的な活動の場をさらに広げていく

今はまだ精度が不足しているが、プリンティングで自動車部品を生産できる時代も目の前に来ている。「それを実感してきた人とそうでない人には差がついてしまう」と谷口教授は言葉を続ける。

「自分たちで新たなものづくりの世界にどんどん飛び込んでいってもらうのが一番です。そのためには、目の前にある技術をすぐに実践、すぐに学生に体験してもらうことが大切。金属3Dプリンターは高専という教育機関に非常に合致していると思います」(谷口教授)

金属3Dプリンターは、学生がアイデアをすぐに形にできること、複雑な形状のものが作れること、短納期で試行錯誤しやすいことなどの利点がある。これにより創造性を育み、何を作るかを考える教育に適している。それに加えて、「Desktop Metal Studio システム 2」の安全性の高さが金属3Dプリンターの活発な利用を促進し、学生たちのチャレンジの土台を支えている。

今後は、学生が創造性をより発揮できるように環境整備にさらに力を入れる。

「高専に入学してくれた学生は、ものをつくりたいと思って来てくれています。まだこの世にないものを、自分たちで作って実現するまでを教育の中でできるようになりました。何を作るか自体を学生自身が考えて、みんなで一緒にやっていくことで教育が完成するんです」(谷口教授)

「CAD/CAEツールがクラウド化したことで、海外も含めた他機関とコラボレーションできる可能性も広がりました。学内の複数チームのコラボレーションはすでに始まっています」(須田准教授) このシステムを使った創造的な活動の場を学生に提供する一環として、ロボットコンテストのような、金属3Dプリンターを使ったものづくりのコンテストを丸紅情報システムズに主催してもらうなど、メーカー各社に呼びかけ、学生とのコラボプロジェクトを実現したいとの谷口教授の抱負で、取材は結ばれた。

Latest posts