株式会社キャットアイ様

移動を心地よく、自転車が快適な生活スタイルの一部に。サイクル・ツールのデザインに、快活への思いが凝縮。

自転車にまたがると密かに気分が高揚する。
自分のチカラでペダルを漕いで加速し、感じるスピード、風の音、心地よい汗… 自転車に乗ることは本当に楽しい気持ちになる。
株式会社キャットアイは、ライト、サイクロコンピュータ※1などのサイクルアクセサリのメーカーである。
創業以来50年以上に渡ってユーザのサイクルライフをサポートしてきた。サイクルアクセサリには耐久性と小型軽量化が常に求められる。デザインの制約条件は厳しく、極限まで無駄な部分を削ぎ落としていかねばならない。そのためキャットアイでは、企画・デザインに必要な環境の整備や、企画デザイナーと設計担当者とのスムーズな情報伝達の改善に努力が重ねられてきた。
図面、手作りの模型、3D CAD、切削機、3Dプリンター。速さ、正確さ、そして簡単さを追い求め続け、同社が挑戦してきた軌跡をたどる。

※1 自転車用マルチコンピュータ、走行距離、時速などの他、上位機種では心拍数なども計測・表示する。

サイクルライフの「楽しみ」のために

最近、自転車がブームだという。2008年前半の原油高の影響もあるようだが、生活に自転車を取り入れる人が増えているのだ。

自転車は環境にやさしい。また、手軽な健康づくりの手段としてだけでなく、日常生活の移動手段として非常に便利であることから、環境、健康、高齢化がクローズアップされる現代において注目度が高まるのもうなずける。

こうした傾向は数字からも明らかだ。国内の自転車保有台数は2000年代に入って500万台ほど増え、現在は約7000万台となっている※2。また、2008年は、電動アシスト自転車の国内出荷台数が、原付1種(スクーターなど)を初めて上回る見通し※3で、新たな需要も増えてきている。

キャットアイは、自転車を愛するユーザに高い人気を誇るサイクルアクセサリメーカーである。事業領域は自転車アクセサリを中心に、フィットネス機器、道路安全施設用品などにも及ぶ。もともと日本で初めて反射器(リフレクター)を開発したメーカーで、LEDライト、サイクロコンピュータなどの商品も展開している。早くから海外進出を果たし、海外と国内の売上比率は6対4で海外が優位である。同社の「CATEYE」ブランドは人気が高く、アメリカでのロードレーサ※4やマウンテンバイク※5ユーザのブランド調査において、サイクロコンピュータとライトの部門で高い認知度を得ている。

自転車業界自体は成熟産業と言われているが、キャットアイはその中で定評のある製品のデザイン力と「自転車を良く知る」強みを活かしてシェアを伸ばしてきた。

「キャットアイの提供する価値は、自転車に乗る『楽しみ』。『ママチャリ(シティ車※6』でさえ1万円を切る価格で買えるこの時代に、数千円のサイクルパーツを買って、『楽しみ』のために自転車に乗っていただく方が当社のお客様です」と開発本部企画部デザイングループ主席研究員の上田隆司氏は話す。

※2(社)自転車協会資料による。

※3 産経新聞、2008年12月11日付記事。

※4 ロードレーサ(JISD9111)
道路での自転車競争に使用される自転車。一般にフリーホイール、制動装置、ディレーラ、足固定装置付きペダル、クイックレリーズハブ、チューブラータイヤまたは700x23C以下の細いタイヤを装備し、どろよけ、キャリヤおよびスタンドを装備していない自転車。

※5 マウンテンバイク(JISD9111)
ダウンヒル、スラローム、クロスカントリー、フリースタイルなどのマウンテンバイク競技や、荒野、山岳地帯などでの高速走行、急坂登降、段差越えなどを含む広範囲の乗用に対応し、軽量化、耐衝撃性、走行性能、乗車姿勢の自由度などの向上を図った構造で、サドルの高さの調整幅100㎜以上のフレーム、サスペンション機構、フラット形ハンドル、高性能を持つブレーキ、ワイドレンジチェンジギアおよび呼び(幅)1.5以上のブロックパターンタイヤを装備した自転車。

※6 シティ車(JISD9111)

ニーズを先取りするキャットアイの商品開発

キャットアイの商品開発は、需要期と国際展示会※7での商品発表のスケジュールに合わせて進められる。取り扱う商品数も数十種類におよび、デザインに割く時間は限られている。総勢10名ほどの限られた企画部スタッフで対応するためには商品開発プロセスの効率化は避けては通れない課題である。

キャットアイにおける商品開発のステップは以下のとおりである。

まず、企画部でユーザのニーズを読み取り、デザインの方向性を決め、完成度の高い市場ニーズを先読みしたデザインを創造する。ここではトライ&エラーのサイクルを素早く回すことが求められる。時にはコンペ形式をとりながらアイデアを出し合い、検討を重ねていく。

次に、デザインを商品設計担当の開発部へ伝達する。

3D CADのデータや、デザイン模型によってデザインコンセプトを明確に伝えることが重要になる。
最後に、開発部で技術的・構造的課題を解決し製品として設計する。デザイン・設計両面から詰めたワーキングモデルを外注作成し、形状・機能確認を行う。

どれも重要なステップだが完成した商品の質を向上させるためには、最初の段階でのデザインの質と、次の設計段階への意図伝達の質の向上が特に重要である。この認識の下に、長年試行錯誤が繰り返されてきた。

※7 毎年秋にヨーロッパ(EUROBIKE)、アメリカ(INTERBIKE)、日本(CYCLE MODE International)で開催される。

サイクルパーツをデザインする意味

自転車パーツには、防水性、耐衝撃性、小型軽量化が要求される。自転車競技を行うユーザは、重量を1グラム削るために1万円の費用をかけると言われるほど軽量化には敏感である。「我々にとっては完成した商品ですが、あくまでも自転車を構成するパーツの一つ」と上田氏が言うように、実際に自転車にパーツを取り付けた時にユーザの要求を十分に満たしているか、という視点が常に求められる。

形の美しさだけを追い求めるのではなく、「美」「用」「強」を兼ね備えたデザインが要求されるのである。

同グループ副主任研究員の長野敏行氏は、デザインの難しさとおもしろさをこう説明する。「設計スタッフとデザインを検討する時には、まずデザイン優先で考えます。部材の厚みが原因でデザインバランスが崩れてしまうことが予想される場合は、少し薄いかなと思っても、そのまま設計スタッフにデータを渡してしまうことがあります。逆に、強度を見越した厚みでデザインしてしまうと、実際にはもっと薄くできたのではないかということが起こります。ここが難しい点で、ギリギリの寸法を提示すると『この厚みでは強度が足りない』と彼らも詳細な検討をする。こうしたやりとりの積み重ねで製品の完成度が上がっていくわけです」。

このような部門間のやりとりがキャットアイのデザイン力の源泉である。ここからサイクロコンピュータの液晶表示面を押して表示を切り替えるというアイデアが生まれた。また、ライトの軽量化と明るさを兼ね備えた競争力のあるデザインを創造してきた。

その結果、過去にグッドデザイン賞を8度も受賞しており、ユーザからキャットアイのデザインへの評価は非常に高い。

よりよいデザイン環境を求めて

製品デザインのプロセスにおいて、デザイナーと設計担当者間のデザイン伝達の方法は、常に模索されてきた。もともとは図面による伝達を行っていたが、3次元の製品を2次元の図面に表現しただけでは、実際はどうしても伝達できる情報に限界がある。そのため、形状確認の手段として発泡ウレタンを削って試作モデルを作ることが多かった。

しかし、この方法には多くの問題があった。まず、手作業のために時間がかかり、人によってモデルの精度にばらつきが生じるという管理上の問題。次に、寸法・形状の再現性が低い、デザイナー自身が作りながら形状を変更してしまうことがあるという図面とモデルの乖離の問題。最後が、モデルを見た設計者の感性でデザインが当初のコンセプトから異なっていくというデザインコンセプト伝達の問題である。

こうした問題の解決を目指し、7~8年前に3D CADが導入された。3D CADでは、製品の形は正確に伝達できたが、製品の「ボリューム感」は上手く伝わらなかった。また、モデル製作に関する問題も残り、製品が完成してから何かしっくりこないということもよくあったという。

モデル試作方法の模索(1)~切削型出力機~

もともと、デザイン段階での試作モデルの精度と製作効率を上げたいという要望は企画部門だけでなく全社的にあり、かなり早い段階から試行錯誤が繰り返されてきた。

10年程前には3Dモデリング用ソフトウェアと切削型モデル出力機が導入された。

コンピュータ上で作成した3Dデータをもとに試作モデルが出力できる出力機への期待は大きかった。しかし、材料を削る際に埃が多く発生することや半面ごとに位置合わせの調整が必要なことなどから、期待したほど製作効率は上がらなかった。

結局、出力機はいつの間にか放置され、元の手作業によるモデル製作に戻ってしまった。

この失敗で、単にデザインスタイルを元の「手作りか外注か」に戻しただけではなかった。出力機の性能に失望した上田氏は、より良いデザイン環境の改善への欲求を持ちながらも、切削型以外の出力機や後継機種を試す意欲を失ってしまったという。

モデル試作方法の模索(2)~3Dプリンター導入まで~

状況を変えるきっかけはちょっとした偶然からやってきた。同社の津山社長が、展示会で3Dプリンター「Dimension(ディメンジョン)」を見かけ、興味を持ったのだ。

「どうせまた使われなくなってしまうのではないか」と言う周囲の心配もあり、上田氏は乗り気ではなかった。しかし、社長の助言もあり他の出力機も含めて検討してみることにした。過去の経験から今回の選定基準は明確だった。まずは使い勝手である。「操作が面倒なものは駄目で、いかに手間がかからないかが重要でした。さらに出力が速くて寸法再現性があれば良いと考えていました」。その基準でDimensionのデモを見てみると、いずれも必要にして十分なレベルだった。

さらに、Dimensionは造形材料がABS樹脂のため、出力した後、塗装・接着といった「後加工」が自由にできた。後加工ができると、モデルを部材単位で出力して組み合わせたり、塗装したりしてデザインの検討にとても役立つ。
こうして「デザイン現場の革新に役立つ」と確信した上田氏は、Dimension導入を決断した。

モデル試作方法の模索(3)~3Dプリンター導入後~

3Dプリンターが導入されてから約一年が経つ。 導入後、企画部の業務は劇的に変わったという。

まず、試作モデルの手作業による製作や複雑な機械操作から解放され、デザイナーは本来のデザイン業務に集中できるようになった。3Dプリンターは操作が簡単で利用頻度が高い。「とにかく、試作モデルを紙のプリンタのような感覚で簡単に出力し、検討をしたいという願望がありました」と長野氏は言う。「今まではモデル製作を外注するとコストがかかり、回数も限られていました。3Dプリンターを導入してからは何度でもトライ&エラーが可能です」。3Dプリンター導入後は、ほぼ毎回試作を行っているという。

効果は作業効率の改善だけにとどまらない。正確な形状確認ができること、簡単に複数のアイデアの比較ができることなどからデザインの質が飛躍的に高まった。上田氏は、「データに基づいて寸法精度の高い試作モデルの造形ができ、実物大で確認できる意味は大きいです。3D CADの製品図面をパソコンの画面上でバーチャルに見るのと、実際に試作モデルを自転車に取り付けて見るのとでは全然違います。自転車パーツの場合、取り付けブラケットの形状や取り付け位置が特に重要だからです。実際に取り付けて形状や位置の確認ができるので、より細かいデザインの検討が可能になりました」と話す。

「導入して今回は本当に大正解だった」と二人とも口を揃える。

もう一つ導入前には予期していなかった変化があった。設計部門でも3Dプリンターで検証用モデルが製作されるようになったのである。機構的な検証をモデルによって確認するという使い方である。より細かい形状把握が必要な設計部門では、正確な寸法でモデル出力ができる3Dプリンターの能力は、今後さらに重宝されることだろう。

「安全」「環境」「健康」に新しい価値を創造する

最後に、今後の商品開発の展望について尋ねた。長野氏は、「究極の夢はバッテリーレス製品の実現です。現在の製品は、耐久性やデザイン制約の観点から見ても、バッテリーの影響がとても大きいのです。例えば、ライトの場合、バッテリーがなければほぼレンズ周りだけの大きさにできるはずです。バッテリーレスが実現した時、どんなデザインが可能になるのかとても楽しみです。『環境』の観点からも、環境負荷の少ない製品を世の中に送り出すことは使命だと考えています」と答えた。

上田氏は、「当社のコアテクノロジーは『測る』と『光る』です。自転車パーツで培ったデザインと技術は、『測る』分野ではフィットネス器具や医療向けリハビリマシンといった『健康』への展開につながります。また、『光る』分野ではセーフティライト、道路交通の視線誘導など人と車の『安全』へとつながっていきます。今後もより良い製品開発を通じて当社の企業理念を実践していきたいと考えています」と語った。

キャットアイの企業理念は、「『安全』、『環境』、『健康』に新しい価値を創造し社会に貢献する」というものである。3Dプリンターという新たな武器を得て、同社が商品開発の最先端で今後もユーザを満足させ、「楽しませる」製品を創造してくれることだろう。

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