もっともっと日本を元気に 国内初 MEMS産業オープンイノベーション拠点、誕生

今、MEMS産業が世界的に活況を呈している。
2010年、MEMS市場は対前年比で22%の伸びを示し、2015年までの需要も毎年2桁成長を維持していくと予測されている。MEMSデバイス単体では、2010年に8,000億円規模まで拡大、今後もさらなる飛躍が期待されている。
なぜMEMS産業は急成長を遂げているのか。今後、MEMSはどのような分野での活躍が期待されているのか。また、日本のMEMS産業の発展のためにはどのような取り組みをおこなうべきなのか。
今回登場するのは今仲行一氏と前田龍太郎氏。今仲氏は現在、MNOIC(マイクロナノ・オープンイノベーションセンター、通称:エムノーイック)という組織の所長を務めているが、以前は制御機器、FAシステム、健康・医療機器で有名な巨大メーカー オムロン㈱で、技術本部長にまで上りつめた民間企業のセンサ関連技術やシステムの現状に詳しい技術者。一方、前田龍太郎氏は、独立行政法人産業技術総合研究所(産総研)で長きにわたりMEMS研究の最先端を担ってきた、国の施策に詳しい研究者だ。
MEMSの現在と将来を担う二人が、それぞれの立場からMEMS産業の近未来について語り合った。

世界のMEMS産業の現状

現在、MEMS市場は、2010年に急激に伸び、今後もさらなる成長が予測されています。その背景には一体何があるのですか?

前田氏:MEMSはもともと、医療機器や計測装置など産業用や自動車など大型機械のごく限られた部品の一つとして使われることがほとんどでしたが、装置や機械、特に自動車の高機能化により、センシングニーズ(場所)が増加したことが上げられます。また近年は大量生産により、センサ単体の価格が下がってきたことを背景に、民生用にも使われるようになりました。そのなかで最も影響が大きかったのはスマートフォンの登場です。スマートフォンを横に構えると画面も横向きになったり、通話のために端末を耳に近づけると画面が消えるのは、MEMSの3軸加速度センサや近接センサが組み込まれているからです。スマートフォンの普及が進めば、MEMSもさらに伸びていくはずです。

今仲氏:血圧計にもMEMSの圧力センサが使われていて、年間1,000~2,000万個規模の市場となっています。また、マイクロフォンに使われているMEMSデバイスは年間10億個も出ています。今後、バイオ分野や健康関連機器、家電などにも広がっていくでしょう。

前田氏:ただ残念なのは、今のMEMS市場では欧米の企業が圧倒的なシェアを占めており、日本の企業は上位10位以内にすら入っていないのが現状であることです。

日本のMEMS産業の現状

日本の企業はなぜ欧米の企業に差をつけられてしまったのでしょうか。

今仲氏:世界には“ナノテクの拠点”と称される研究機関があり、ベルギーのIMEC、フランスのMINATEC、アメリカのALBANYなどがあります。欧米の国々はMEMSを「今後の成長注力分野」と位置づけ、国の研究機関と民間企業をコラボレーションさせて成果を出してきました。このような欧米のMEMS産業の位置づけや取り組み方が日本と異なり、大きく差がついてしまったと思います。産官連携というと、日本では「国有財産を民間企業に使わせていいのか」という議論が毎回ハードルになりがちですが、海外ではそのような議論は超越していて「産官連携で、結果的に自国の雇用が増えればいいじゃないか」という価値観が先に来るんです。また、欧米が長期的なスパンで産業育成を考えるのに対し、昨今の日本の民間企業は短期間で成果が出ないと、さっさと撤退する傾向があります。そうした風土の違いも、大きく影響しているのかもしれません。

前田氏:日本の施策として「研究開発」にはお金をつぎ込んできたものの、「商業化」、すなわちビジネス化にはそれほど多くの資金をかけてきませんでした。「基礎研究は国の研究機関、量産・ビジネス化は民間企業」という意識が強く、我々研究する側も長い間そうした固定観念とも言えるガイドラインを持っていました。しかし基礎研究の成果を量産化し、実ビジネス化するまでの道のりは険しく、産官が協力しスピードアップしなければ海外とどんどん差がついてしまう。現在は国の研究機関でも「いかにビジネス化するか」を新たなミッションとして掲げるようになりました。その中で2009年に、世界水準の最先端ナノテクノロジーの研究拠点を創るべく「つくばイノベーションアリーナ(TIA-nano)」が設立され、その事業の一環として2011年4月、「MNOIC(マイクロナノ・オープンイノベーションセンター)」という組織が設置されることになりました。産総研とMNOICは産総研の集積マイクロシステム研究センターが保有する最新鋭・最先端のMEMS製造ラインを、民間企業をはじめ研究機関や大学などに広く開放することで、競争力のある先端MEMSデバイスの開発を支援し、国内のMEMS産業を活性化することを目的とした組織になります。

MNOICとは

MNOICについてもう少し具体的に教えてください。

前田氏:MNOICが運営する設備で最大の特徴は「8インチ対応」の大口径ウェハ製造ラインである点です。現在の民間企業が保有するMEMS製造ラインの主流は4~6インチの生産ラインですが、今後MEMSデバイスの普及がさらに進むと、生産効率の改善によるコスト抑制が求められてくることは明らかです。ニーズに対応するためには8インチ以上の大口径ウェハでの量産が必須となってくるでしょう。すでに生産ラインの8インチ対応に取り組んでいる企業もありますが、かなり多額の設備投資が必要となるため、前工程~後工程のすべての製造および検査装置が8インチ対応しているといった民間企業は皆無ではないでしょうか。MNOICには一貫した8インチの装置がすべて揃っているので、MEMSを製造する際に、自社では足りない装置のみをMNOICに来て補う、といった使い方もしてもらえると思っています。

今仲氏:我々が管理・保有する装置の中で、「マスクレス露光装置」が使えることも魅力的ではないでしょうか。従来のフォトマスクのパターンを光学系で基板上に転写する方式だと、プロセス工程ごとに分解された十数種類のフォトマスクが必要となります。従来の「マスク露光装置」では、フォトマスクは一枚で数百万円以上の価格と言われ、何枚ものフォトマスクが必要となれば莫大なコストがかかります。一方、「マスクレス露光装置」ではパソコン上で任意にデザインされたパターンを入力すれば、装置の中にあるMEMSミラーの制御により、フォトマスクを用いることなく直接基板上のフォトレジストに転写を実現することが可能となります。低コストを実現し、さらに多品種少量生産に向いていると言えます。

前田氏:さらにMEMS製造で核となる装置にエッチングとボンディング(接合)があります。この両装置はいずれも日本のメーカーが強い分野で、MNOICでも国内メーカーの装置が入っています。

今仲氏:高機能の接合装置はMEMSの製造では大変重要です。MEMSはLSIと違い、縦方向に3次元構造で積層して作り上げていくことが特徴です。また、一つのチップ上にLSIなど電子回路と混載するMoC(MEMS on Chip)の普及が、今後の重要課題となりますが、構造物と電気回路という全く別の機能のデバイスを接合するため、非常に高い技術が必要です。MoCの汎用化がMEMS普及の鍵を握っているといっても過言ではありません。その意味で、高機能の接合装置は、MNOICにおいても特徴的な装置ですし、とても重要な技術要素と言えますね。

MNOICを利用する最大のメリットは何ですか

前田氏:設備投資のリスクを最小限に抑えられることです。例えばベンチャー企業の場合、設計したデバイスを少量だけ生産したくても、生産を受託する工場が小ロット製造を受け入れてくれず開発そのものを断念せざるを得ないケースがあります。また大企業でも、まず少量だけ製造してテストしてみたいというケースもあるでしょう。そんなときにはMNOICを利用して、テスト的に少量だけデバイスをつくることが可能となります。実物を使って市場調査を実施するなどして、「ニーズがある」「売れそうだ」と手ごたえがあった時に初めて量産フェーズに入っていけばいいのです。実際MNOICのメンバーにはMEMSデバイスの量産を請け負う企業もいますので、ベンチャー企業など量産設備を持たない会社から量産化の要望があれば、組織内でシームレスにつなぐことも可能です。

今仲氏:現在のMNOICの設備利用者数ですが、ベンチャー企業を中心に日に日に増えている状況です。MEMSビジネスに新たに参入しようとか、新しいデバイスを開発したいとか、スタートアップのときの受け皿としてMNOICが果たす役割は非常に大きいと思います。

MEMS産業の未来

MEMSの研究拠点、MNOICと日本でも体制が整ってきました。国内のMEMS産業を盛り上げるために、さらにどのような取り組みを行うべきだとお考えですか。

前田氏:まずMEMSを手掛ける中小企業の拡大と育成です。中小企業で話を聞くと、そもそもMEMSのことを知らない人が結構いることに驚きます。スポーツ振興と同じで、強くなるにはまずMEMSに関わる人材の裾野を広くしていく必要があると思います。

今仲氏:同じ意味で、若い人への教育も欠かせません。「どうつくるか」は知恵をしぼれば出るものですが、「何をつくるか」は頭のやわらかい若い人でないとなかなか出てこない。MEMSの存在を若い人が意識していれば、「これはMEMSでつくれるんじゃないか?」という発想も自然と生まれるはずです。私がMEMSに入り込んだのは、「光に3次元的な自由度を加えるだけでいろんなことができる」と気付いたことがきっかけでした。ただそれだけのことでも、ものすごく夢が広がったんですね。そこから今はさらに進んで、通信という軸も入り4次元に広がっています。

前田氏:MEMSはまだまだ夢が追える分野という気がしますね。大学では、学生が先生の下働きではなく、自分自身が創造したテーマを研究できる。そんな仕組みや体制ができれば日本のMEMS産業の可能性はさらに広がると思います。

MEMS産業の今後の可能性についてお聞かせください。

前田氏:国際ロボット展に出展されているロボットには、MEMSのセンサがあちこちに使われています。より人間らしい動きをめざすと、ロボットはセンサだらけになっていくんですね。ロボット技術の進歩は、すなわちMEMS技術の向上があって成し遂げられるものです。ロボット分野とMEMSは切っても切り離せない、今後も共に成長していく関係であり、日本が得意かつめざすべき産業分野だと思います。

今仲氏:政府は「グリーンイノベーションプログラム」「ライフイノベーションプログラム」を進めています。グリーンは低炭素社会の実現、ライフは医療などの健康分野で、MEMSはこの流れにぴったりとはまる技術です。電力モニタリング、防犯などのセンサ、人間の健康管理やパンデミック(感染症の世界流行)抑制などにMEMSはなくてはならない技術です。めざすべき分野がはっきりと見えているため、アプリケーションを模索していた一昔前より開発は、やりやすくなってきていると思います。ただ注意しなくてはいけないのは、単に作って売るだけの、センサ単品の製造販売ビジネスですと、どうしても海外企業や競合他社の価格競争に巻き込まれてしまうことです。できればセンサとIT技術を融合したセンサネットワークのような「社会システム」、「社会インフラ」の一端を担う技術と言う事を想定して、社会全体の産業を創造していったほうが、高い競争力を保持できるでしょう。そのような意識で開発すれば台湾や韓国、中国などアジア勢とも勝負できるのではないかと期待します。

夢は何ですか。

前田氏:産総研にいる人間としては、やはりいかに国を豊かにするか、繁栄させるかということが念頭にあります。MEMSが安心・安全など社会科学、あるいは経済学などと結びつけば、その目標にも近づくことができるのではと思っています。

今仲氏:私は光を研究していましたが、光ファイバーという発明が出てきて以来、その応用技術ばかりで、以降革新的な新しいものが何も出ていないように思います。つまり我々は先人が発明した“科学の芽”をただ食いしていたとも言えるわけです。そろそろ応用技術で得た利益を次の“科学の芽”に投資して、新たな技術を生み出していきたい。その循環の輪ができれば、きっと楽しいワクワクするような社会が実現するのではと思っています。

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