「AIエージェントを取り入れたいが、どこから手を付ければいいのかわからない」「基幹業務をAIに任せて、本当に大丈夫なのか」。ERP領域におけるAI活用への関心が高まるにつれ、企業が向き合うテーマは、抽象論から驚くほど具体的なものへと変わってきました。問われているのは、もはや「AIに何ができるか」ではありません。「どの業務をAIに任せるのか」「判断と実行をどこまで委ねるのか」「安全に運用するための統制をどう設計するのか」。AIを"試す"段階から、業務に組み込み、成果に変える段階へ議論は静かに、しかし確実に前へ進んでいます。
今回は、日本オラクル株式会社でFusion AI エバンジェリストを務める小野氏と、丸紅I-DIGIOグループ株式会社中本・アンド・アソシエイツの小西氏が対談した。
生成AIとAIエージェントの違い、日本企業が直面する課題、導入する業務の選び方、人とAIの役割分担、ガバナンスの考え方、そしてERP領域の未来まで、実務と経営の視点から語りつくしてもらった。
社内にAI活用の専門家ポジションを設けた背景|従来のAI活用との違いとは
まずは、日本オラクルがFusion AI エバンジェリストを置いた背景と、ERP領域におけるAIエージェントの位置づけについて伺いました。
AI活用が「何ができるか」を探る段階から、業務を任せる段階へ変わった
――なぜ今、Fusion AIの領域にエバンジェリストという役割を置いたのでしょうか。
小野氏:
1年ほど前までは、話題の中心は、「AIに何ができるか」「どのモデルがすぐれているか」でした。潮目が変わったのは2025年秋、AIエージェントが一気に広がり始めてからです。
問いは「これをどう業務に当てはめるか」「AIに判断させるなら、ガバナンスをどう設計するか」と、明らかに実務に踏み込んできました。Fusion AIの活用も、「機能を使う段階」から「AIエージェントを前提に業務そのものを再設計・変革する段階」に進んでいます。AI Agent Studioの登場以降、お客様は、標準エージェントを使うだけでなく、自社業務に合わせて拡張したり、複数のエージェントを組み合わせて業務フローを設計したりすることまで検討できるようになりました。人手不足、意思決定の遅れ、例外処理の増加―こうした経営課題に、部門を横断して取り組める可能性が広がっているのです。
だからこそ、製品の機能を説明するだけでは十分ではありません。「どの業務から始めるか」「人の承認をどこに残すか」「何をKPIにするか」「どう統制して本番運用へ移すか」問いは、より高度になっています。AIを単なる話題や個別のPoCで終わらせず、業務部門やIT部門を巻き込みながら実践と共有を重ね、Fusionを企業の"AIワークフォース基盤"として定着させる。それが、Fusion AI エバンジェリストという役割を置いた理由です。
――導入を支援する立場からも、相談内容の変化を感じますか。

小西氏:
変わりましたね、本当に。1年前は「AIで何ができるんですか」と聞かれることが多かった。今、その質問はほとんど聞きません。
代わりに増えているのは、「この紙の請求書を取り込めますか」「決算書を自動で作れますか」といった、具体的な業務の相談です。
技術の変化も速い。昔は3年戦えた技術が、今は3カ月しか持たない感覚です。全速力で走っていないと、技術を提供する側さえ置いていかれる。そんな時代だと思います。
生成AIが「知的なアシスタント」なら、AIエージェントは「統制された自律型ワークフォース」
――従来の生成AIやチャットボットと比べ、ERP領域のAIエージェントはどこで価値を発揮しますか。
小野氏:
AIエージェントが大きな価値を発揮するのは、回答を生成する場面ではありません。企業資源をまたいだ「判断・調整・実行・統制」が必要になる場面です。例えば、供給遅延が起きたとき。問題は在庫だけではありません。代替調達の手段、顧客への影響、採算、契約条件、担当者の稼働状況まで見て、次善策を組み立てる必要があります。チャットボットは「どう対応すべきか」を助言できます。一方でAIエージェントは、関係するデータを自ら参照し、必要に応じて関係者へ承認を求め、実際の対応まで進めることができるのです。
従来の生成AIが「知的なアシスタント」だとすれば、ERP領域のAIエージェントは「自律型ワークフォース」だと言えるでしょう。情報を説明するだけでなく、決められた制約の中で業務を前へ進め、実行し、結果を残す―そこに本質的な価値があります。実際、年末調整の時期に人事部門へ集中する問い合わせへの対応を、AIエージェントに置き換えるような活用も始まっています。また、カスタマーセンターでは、過去の問い合わせ傾向を踏まえて回答案を生成し、人が確認したうえで対応することで、従来は解決まで3日ほどかかっていた問い合わせを、ほぼ即時に解決できたケースもあります。
AIエージェント導入の壁は、技術よりも「業務・組織」にある
AIエージェントの技術が進化しても、そのまま企業の業務に導入できるとは限りません。活用を前に進めるうえで、日本企業はどのような課題を抱えているのでしょうか。海外企業との違いや、実際の導入現場で生じるギャップについて伺いました。
日本企業の課題は「AIが業務を実行できる環境」を整えること
――日本企業がAIエージェントを活用するうえで、特に乗り越えるべき壁は何だと見ていますか。
小野氏:
大きな壁は、AIが業務を「実行」してよい状態になっていないことです。ERP領域では、ヒト・モノ・カネ・情報をまたいで業務が動くため、この問題がより顕著に表れます。
特によく伺う課題は、次の3つです。
- 長年のカスタマイズで積み上げた「自社らしさ」が、AI化の前提を複雑にしている
- 業務に責任を持つ人と、実際にAIを使う人が離れやすい
- AI導入の成果指標が「何時間削減できたか」に偏りやすい
制度や取引慣行、稟議、個社ごとの例外対応は、企業の競争力になっている場合もあります。ただし、それらが人の記憶や個別のシステム改修に閉じていると、AIエージェントに任せるための業務ルールとして明示できません。まずは、何を標準化し、何を自社の差別化要素として残すのかを整理する必要があります。
また、組織面でも課題があります。現場は便利なAIを求める一方、情報システムや法務・監査はリスクを抑えようとし、経営は投資対効果を重視します。AIエージェントはこれらすべてに関わるため、特定の担当部門だけでは進められません。業務責任者がオーナーとなり、IT・データ・リスク部門などが一緒に取り組む体制が重要です。
AI活用の成果を「削減時間」だけで測ろうとすることにも注意が必要です。真の価値は、欠品・不正・離職・予算逸脱などの予兆を早く捉え、意思決定と実行を速めることにあります。KPIも「何時間減ったか」だけでなく、例外処理のリードタイム、判断品質、損失回避、サービス水準、内部統制の強さまで含めて設計すべきでしょう。
――海外のお客様と比べて、違いを感じる部分はありますか。
小野氏:
業務に責任を持つ人、予算を持つ人、実際にAIを動かす人。日本企業では、この三者間の距離が比較的遠いと感じます。海外ではこれらの役割が近いところにあり、社内にエンジニアリングに精通した人材がいて、自ら手を動かしながら現場と一緒に取り組むケースも多い。投資判断をする人も、その近くにいます。
象徴的だったのが、AI Agent Studio発表時に開催したハッカソンです。参加者100人のうち、8割以上がマネージャー以上でした。日本であれば、こうした場には開発メンバーが多く集まるイメージがありますよね。海外では、AIエージェントを単なるITの変化ではなく、「経営やビジネスのあり方そのものを変えるもの」と捉えている。その認識の差が、誰がAIと向き合うのかという違いにも表れているのだと思います。
「技術的にできる」と「業務で使える」は同じではない
――実際の導入現場では、どのようなギャップが生じるのでしょうか。
小西氏:
わかりやすい例があります。オラクルさんが、チャットからERPの受注金額を変更できる機能を提供したことがありました。これまでは受注画面を開き、受注番号を検索して金額を修正していたものが、チャットで「この受注の金額が10円違うから直して」と指示すれば変更できる。技術としては非常に便利ですよね。
ところが、お客様にお見せすると「チャットで簡単に売上を変えられては困る」と言われるわけです。考えてみれば当然なのですが、非常に象徴的な反応でした。
つまり、「技術的にできること」と「実際の業務で使ってよいこと」の間には距離があるということです。その間を埋めるのが、我々のような導入を支援する側の重要な役割だと考えています。しかも、AIの世界では技術の進化が速いため、従来のやり方では追いつきません。以前であれば、我々がお客様の業務を確認し、使い方を整理したうえで「こう使いましょう」と提案する進め方が一般的でした。
今は、お客様が「これをやりたい」と考えた段階から、一緒に検討していく必要があります。オラクルさん、お客様、そして我々が同じ場に入り、「技術的には何ができるのか」「業務上どこまで許容できるのか」を詰めていく。AIエージェントの導入では、こうした協業の形がこれまで以上に重要になっていると感じています。
AIエージェントに業務を任せるには、段階的な導入と役割・統制の設計が重要
任せる範囲の設計が、AIエージェント活用の成否を分けます。着手する業務の順番、人とAIの役割分担、そしてガバナンスの原則を伺いました。
まずは低リスクな業務から、4段階でAIに任せる範囲を広げる
----最初にどの業務から着手すべきでしょうか。
小野氏:
最初に適しているのは、頻度が高く、手順がある程度定型化され、例外が可視化されていて、最終判断を人が保持できる業務です。
逆に、採用の合否や取引先の選定、価格決定、大型投資判断のように高リスクで判断根拠が複雑な領域を、いきなり自律化するのはおすすめしません。
グローバルの事例を整理すると、次の順番で進めるプロジェクトが概ねうまくいきます。
| 段階 | 任せる範囲・業務例 |
|---|---|
| ① 問い合わせ・情報収集の支援 | 経費規程、購買ルール、人事制度への回答 |
| ② 照合・確認・例外の仕分け | 請求書と発注・検収の照合、入金消込候補の提示 |
| ③ 人の承認を前提にした業務実行 | 修正依頼の起票、仕訳案・支払案の作成 |
| ④ 低リスク領域の限定的な自律実行 | 定型リマインド、閾値内の再発注提案の起票 |
①は「回答のみ」で始められ、利用ログから質問の偏りやナレッジ不足も見えてきます。②は正解やエラーの定義が比較的明確で、人が例外だけを判断できる領域です。③でようやく権限、監査、停止手順を実運用の中で鍛え、④では対象・金額・時間帯・上限を絞ったうえで、例外時は必ず人に戻す設計にします。
導入するテーマを選ぶ基準は、5つです。年間の処理件数や滞留、差戻し、問い合わせが多いこと。入力・判断・例外・完了の定義があること。必要なデータと業務ルールを取得できること。成果を処理時間や例外率、順守率、欠品回避などで測定できること。そして、AIが誤っても承認・取り消し・エスカレーションで影響を限定できること―この5条件です。
つまり、「小さく始めて、確実に検証しながら、AIに任せる範囲を広げる」。それがグローバルでうまくいっているプロジェクトの共通点です。
AI導入を前提に、既存の業務プロセスそのものを見直す
――既存の業務プロセスは、どこまで見直す必要がありますか。
小野氏:
既存プロセスをそのままAIに移すのではなく、AIと人が協働する前提で業務を再設計する必要があります。現行業務を忠実に再現すると、属人的な例外や不要な承認、二重入力まで、そのまま高速化してしまうからです。
見直すべき領域は、目的・KPI、手順、例外、判断、権限・承認、データ・ルール、監視・責任の7つです。特に重要なのは、例外処理の可視化です。多くの業務は、標準フローよりも例外への対応に時間がかかっています。「誰が、どの情報を見て、なぜその判断をしたのか」を棚卸ししない限り、AIは通常ケースしか扱えず、かえって現場の負担になります。
――データ整備は、どこまで終わっている必要がありますか。
小野氏:
完璧なデータ整備を待つ必要はありません。まず必要なのは、AIに任せる業務について、「参照してよいデータ」と「正しいとみなすルール」が明確になっていることです。
例えば、問い合わせへの回答から始めるのであれば、規程や手順、FAQに正本があり、閲覧権限を設定できる状態であればスタートできます。それだけで、問い合わせ対応や検索、要約、案の作成といった「アシスタントAI」としての活用を始められます。
そこから一段レベルを上げ、AIに照合や異常検知、優先順位付けといった業務判断を任せるには、主要マスタや取引データの品質が一定水準にあり、例外ルールが明文化されていることが条件になります。そして最終的に、AIに自律的な実行までを求めるなら、データ更新の責任、権限、承認、監査証跡、APIやワークフローまで含めた整備が必要です。データの完成度に応じて、AIに任せられる範囲は自然と広がっていく―そう捉えるのが実務的です。
「作業はAI、判断は人」は出発点にすぎない
――AIに任せる業務と、人が担い続ける業務はどう分けるべきですか。
小野氏:
「作業はAI、判断は人」という分け方は、出発点としてはわかりやすい。ただ、本質ではないと思っています。AIエージェントも、定められたデータ・ルール・目的の範囲では判断します。照合、優先順位付け、異常検知、次善策の選択は、いずれも判断です。本質は、誰が目的・制約・責任を引き受けるかで役割を分けることにあります。 例えば、「納期遅延リスクが高い受注を優先し、代替サプライヤー案を提示する」ことも、立派な判断のひとつです。
一方で、人が担うべきなのは、「納期」「利益率」「重要顧客への配慮」「長期的な取引関係」のうち何を優先するのかといった、企業としてその判断を引き受ける部分です。
実務的な判断基準は4つです。判断基準を明文化できるか。誤った場合の影響を限定できるか。人権や法令、企業の信用に関わる領域は、これが難しいため、人が判断を担うべきです。説明や異議申し立てへの対応が求められるか。そして、過去データや既存ルールだけでは足りない、急激な変化が起きている領域かどうか。つまり、目指すべきなのは「AIに判断させない」ことではありません。AIには委任された範囲で判断してもらい、人はその委任範囲を決め、例外を引き受け、企業として責任を持つ。この役割分担が重要だと考えています。
ガバナンスの原則は「人間以上の権限を与えない」と「誤る前提で統制する」こと
――セキュリティやガバナンスを懸念する企業は多いと思います。どう設計すべきでしょうか。
小野氏:
設計原則は2つです。AIに人間以上の権限を与えないこと、そして「誤る前提」で統制することです。
1つめは、参照・更新・承認・実行を分け、必要なデータと操作だけを連携させることです。個人情報や機密情報は分類して参照可否を決め、退職者や異動者の権限変更も適切なタイミングで反映できるようにします。既存の職務分掌を継承し、業務上の権限とAIに持たせる権限を一致させる。AIを新しい特権ユーザーにしてはいけません。
2つめは、実行前・実行中・実行後にガードレールを置くことです。実行前は入力検証、ポリシーチェック、承認。実行中は禁止操作や外部送信の制御。実行後は結果照合、異常検知、取消や修正の仕組みです。重要な操作については、多重承認や保留判断も有効です。
加えて、誰の依頼で、どのデータやルールを参照し、何を提案し、誰が承認して何を実行したのか。この説明可能なログと、停止・復旧・事故対応の手順を事前に決めておくことが重要です。
――そうした統制を、Fusion Applications上で行う意義はどこにありますか。
小野氏:
意義は、AIを「答える存在」から「統制下で業務を前進させる存在」へ変えられることです。業務システムの外側にAIを置くのではなく、Fusion Applications内のAIは、企業の実データ・業務ルール・権限・承認プロセスの中に組み込まれている。勝手な判断や権限を越えた実行ができない、「統制(ガバナンス)」が効いた状態でAIを動かせる。そこに、他のAI活用との違いがあります。Fusion Applicationsは、ERP、HCM、SCM、CXを統合データモデルでつないでいます。ですから、財務だけ、人事だけの局所的な判断ではなく、AIは会社全体(ヒト・モノ・カネ・顧客情報)を見て判断できます。
例えば、供給遅延に対しては在庫・調達・受注・収益性を見て代替案を提示し、承認後に実行する。採用・配置・育成は、スキルや人員計画、予算、プロジェクト需要と連動させる。支払・経費・契約の例外を検知し、規程確認から修正依頼、承認ルートへの送付まで進める――こうしたことが可能になります。
誰が見てよいか、誰が決裁するか、どのルールで記録を更新するか。そこまで含めて業務です。外部のAIにデータを渡して助言を得るだけでは、ERP領域の業務は完結しません。
AIエージェントを「試して終わり」にしないために必要なこと
導入して終わりではありません。現場に定着させ、成果を評価し、本番運用へ移すための考え方を伺いました。
AI導入で「増える作業」と「減る作業」を必ず対にする
――「現場の仕事が増えるのではないか」という不安には、どう向き合いますか。
小野氏:
原則は明確です。AI導入によって増える作業と、同時に減らす既存作業を必ず対にすることです。
例えば経費精算なら、「AIの回答を確認してください」という作業だけを現場に追加してはいけません。領収書の転記、規程の検索、差戻し理由の記入、未提出者への督促といった既存作業も同時に減らしていく必要があります。以前、紙の申請をワークフロー化して紙自体はなくなったものの、フォームへの入力量が増え、さらに上司のところへ「経費精算をお願いします」と伝えに行くような運用を見たことがあります。AI導入で同じことを繰り返してはいけません。
AIの確認作業が増えても、それ以上に「面倒な仕事がなくなった」と現場が実感できる設計が重要です。現場が嫌がる仕事から始める、二重運用には必ず期限をつける、AIに渡す情報は自動で取得できるようにする、確認や責任を現場任せにしない、例外処理を段階的に減らしてAIに権限を移していく、評価指標は「利用率」にして無理強いしない―このあたりが実践のコツです。
――導入効果は、どのような指標で評価すべきでしょうか。
小野氏:
利用数や削減時間だけでは狭いと思います。実際の業務でトラッキングしている指標を、そのまま成果KPIにするのが良いですね。
例えば、請求書の処理日数をはじめとする処理時間・件数・滞留、差戻し率や不正検知数といった品質に関する指標、欠品や損失の回避などが考えられます。見るべき指標は業務によって異なるため、比較できるように導入前の基準値を取っておくことも重要です。また、AIだけを切り出して評価するのではなく、業務の受付から完了まで、一連のプロセスにかかる総作業量やリードタイムで成果を見るべきだと考えています。
PoCで100点を求めず、成果KPIを基準に本番化を判断する
――PoCで止まってしまう企業も少なくありませんが、どのように考えるべきでしょうか。
小野氏:
AIは常に完璧ではありませんし、回答にもどうしてもブレがあります。それなのに「PoCで100点が出たら本番化する」と考えてしまうと、なかなか前へ進めません。70点くらい出たら、まずは使える可能性があると捉えてもよいと思います。
そのうえで、我々がよくお伝えしているのが、「最後の数字のチェックは人が行う」「意思決定の最終判断には人が入る」ということです。いわゆるヒューマン・イン・ザ・ループを、業務プロセスの中に組み込んでおく。AIに完璧を期待しすぎないことも、実際に導入するうえでは大切です。
――PoCから本番運用までは、どのくらいの期間を見ておくべきでしょうか。
小西氏:
作ること自体は、かなり速くなっています。簡単なAIエージェントであれば半日程度で作れることもありますし、「この業務で使えそうか、難しそうか」という見極めも2週間ほどでできるケースがあります。むしろ時間がかかるのは、例外が発生したときにどう処理するのか、エラーが起きたらどの条件で人に戻すのか、といった業務ルールを整理する部分です。対象となる業務の範囲が広くなるほど、検討すべき例外も増えていきます。以前なら「システムを作って1年後に稼働させる」でも早いと言われていました。今は、まず1〜2週間で何らかの形にしてみる。一方で、基幹業務に載せるところまでは、安全性を確認しながら数カ月かけて進める。そのくらいのスピード感になっています。
小西氏:
もう一つ重要なのは、本番化するかどうかを判断するための成果KPIを、PoCの段階で決めておくことです。そして、その基準を事業責任者自身が意思決定することが重要だと思います。単に「AIが動いたね」で終わるのであれば、それはPoCというより、開発テストに近いのではないでしょうか。実際、役員クラスの方が「自分が責任を持つ」とコミットしている組織は、取り組みが強いですし、進むスピードも速いと感じます。一方、「上から言われたので、とりあえず検討しています」という進め方では、どうしても時間がかかります。
両社の役割|オラクルがF1をつくり、丸紅I-DIGIOがサーキットで走らせる
製品基盤を提供するオラクルと、お客様の業務に実装する丸紅I-DIGIO。両社がどう役割を分け、実際にどのように伴走しているのかを伺いました。
オラクルが製品基盤を提供し、丸紅I-DIGIOが導入・定着・拡張を支援する
――それぞれどのような役割でお客様を支援するのでしょうか。
小野氏:
オラクルは、Fusion Applications、OCI、AI Agent Studioという、AIエージェントを安全に実行・統制するための製品基盤を提供します。一方、丸紅I-DIGIOは、お客様固有の業務や既存システム、データ、現場運用に基づいて、その基盤を導入し、定着・拡張していく。この役割分担だと考えています。
特に、丸紅I-DIGIOグループが2025年に出資・子会社化した中本・アンド・アソシエイツは、オラクルのクラウドERP導入を長年手がけ、多くの実績を持っています。そのため、Fusion AIを新しい機能として付け足すのではなく、ERP業務や導入方法論、Fit to Standard、その後の運用まで含めて支援できる位置にあるのが強みだと感じています。
ERPの導入を支援するパートナー企業には、これまで多くのプロジェクトを通じて培ってきた方法論や進め方があります。もちろん、そうした知見は重要ですが、AIエージェントを業務に組み込むとなると、従来のERP導入とは異なる考え方や進め方も必要になります。その中本さんは、これまでの経験を生かしながらも、AIエージェントを前提に自分たちの導入方法そのものを驚くほどのスピードでアップデートされています。AI Agent Studio登場後は、いち早く製品をキャッチアップし、オラクルや他のお客様まで巻き込みながら推進するパワーもお持ちです。技術力の高さ、フットワークの軽さだけでなく、自らの仕事のスタイルに固執せず、アップデートすることを厭わない。そこに、非常に好感と信頼を感じています。
小西氏:
例えるなら、オラクルさんはF1マシンを提供してくれる存在です。ただ、F1マシンがあっても、企業がいきなり乗ってサーキットを走れるわけではありません。我々の役割は、そのマシンでしっかり走れるように、セットアップやメンテナンスも含めて整えることです。「F1なのに、なぜか遅い」という状態にはしたくない。
オラクルさんと我々は、そういう意味で非常に良い補完関係にあると思っています。この組み合わせで、日本企業がAIを活用して速く走れる状態をつくることが、我々の使命だと考えています。
経営と現場の双方から課題を整理し、AIを導入する業務を見極める
――実際の支援は、どこから始めるのでしょうか。
小西氏:
まず、経営が実現したい変化と、現場が日々負担に感じている業務を、両方伺います。
そのうえで、業務の流れ、参照するデータ、判断する人、例外処理などを可視化し、AIを活用することで効果が出やすい部分をお客様と一緒に見極めていきます。技術ありきで考えることはしません。業務部門・IT部門・管理部門の認識をそろえながら、実現性と効果のバランスが良いテーマを選ぶことを重視しています。
日本企業特有の商習慣や例外処理についても、すべての個別要件をそのまま再現するわけではありません。標準化できる業務と、競争力や統制上の理由から残すべき例外を切り分けます。
現場の背景を丁寧に確認し、必要であれば業務ルールそのものを見直しながら合意形成を進める。そのうえで、AIに任せる範囲、人が判断する範囲、承認を必要とする条件を明確にし、日本企業の現場で無理なく運用できる形に落とし込んでいきます。
小野氏:
そうした整理は、対面でホワイトボードに書きながら進めるのが、一番リアリティがあると感じています。
お互いに作った資料を持ち寄るというより、お客様と横並びになって一緒に書きながら、「ああじゃない、こうじゃない」と議論する。そうやって進めているときが、最も実態に即したものをつくれる気がしますね。
ガバナンスと現場定着まで見据え、AIに任せる範囲を段階的に広げる
――自律性に不安を持つお客様には、どう向き合いますか。
小野氏:
まず、AIが利用できるデータ、実行できるアクション、承認や人による確認が必要な条件を、業務の重要度に応じて整理します。さらに、権限や監査、例外が発生した場合の対応、運用責任者なども明確にし、導入後も見直しを続けられる体制を整えます。
最初から広い範囲をAIに任せるのではなく、活用範囲を段階的に広げていく。その過程で統制と利便性のバランスを確認しながら、安心して定着を進められるよう支援しています。
――現場の抵抗感については、どのような工夫をされていますか。
小野氏:
導入の初期段階から現場のキーマンに参加していただき、「何のためにAIを使うのか」「どの負担が減るのか」を具体的に共有します。重要なのは、AIを現場にとっての「追加業務」にしないことです。既存の業務フローにどう組み込むのか、利用する人がAIの判断根拠を理解できるのか、といったところまで確認します。研修やFAQを用意して終わりではありません。実際の利用状況や現場の声を確認しながら継続的に改善していくことが、定着への近道だと考えています。
これからの展望|AIエージェントは「エコシステムの調整者」へ
ERP領域におけるAIエージェントの活用は、今後どこまで広がっていくのでしょうか。企業をまたいだエージェント同士の連携から、それによって変わる組織や人の役割まで、小野氏に今後の展望を伺いました。
AIエージェント同士がつながり、企業をまたいで業務を動かす時代へ
――今後、ERP領域のAIエージェントはどのように進化していくとお考えですか。
小野氏:
ここからはオラクルの公式見解というより、私自身の見立てとしてお話しします。
ERP領域のAIエージェントは、Agentic Applicationsで示されているような「社内業務を自律的に遂行する担当者」から、将来的には企業内外の資源を調整する「エコシステムの調整者」へ進化していくのではないかと考えています。今後は、多くの企業や団体が、AIエージェントから安全に利用できるデータや業務機能を持つようになるでしょう。MCPのような共通的な接続方式が普及すれば、AIは各システムを個別に作り込んで接続するのではなく、認可された範囲で必要な情報や機能を利用しやすくなります。そうなると、需要調整、調達、物流、顧客対応など、複数企業にまたがる業務の連携が加速する可能性があります。
もちろん、価格や顧客情報、供給能力といった競争優位に直結する領域を、企業間で直ちに最適化するのは容易ではありません。一方で、共同で効率化できる協調領域はあります。物流の積載効率、サプライチェーン上の例外対応、業界共通の規制対応、標準的な調達・請求処理などです。こうした領域では、信頼できるエージェントや業務サービスを見つけて接続できる、非常にオープンなマーケットプレイスのような仕組みが生まれるかもしれません。
――そのとき求められるものは何でしょうか。
小野氏:
重要になるのは、「信頼できる基盤」だと思います。企業間でエージェントを連携させるとなれば、技術的な接続だけでは足りません。相手のデジタルID、委任された権限、実行の上限、契約条件、監査証跡、そして評価や評判も重要になります。
将来のプラットフォームは、単なる"エージェントの販売場所"ではなく、こうした信頼を担保する場になるはずです。その方向性は、オラクルの開発が向かう先とも重なっています。この先にエージェントの進化がどこまで進んでも、オラクルは「信頼できる基盤」としての役目を果たせるはずだと、私は考えています。
組織の単位が変わり、HCMとEPMの重要性が増す
――企業の側にも変化が起きますか。
小野氏:
組織も、従来の機能部門だけで仕事を完結させる形から、目的や成果に応じて編成される、より小さな横断チームを増やしていく可能性があります。人は定型的な実行や調整をAIに委ね、顧客との関係構築、例外への対応、優先順位の決定、事業責任を担うようになる。そうなると、HCMとEPMの重要性は一段と増すでしょう。
HCMは、役職や所属だけでなく、個人やチームが持つスキル、役割、成果をより動的に捉える必要があります。EPMは、現場で起きる変化をより早く計画へ反映し、シナリオを比較しながら資源配分を継続的に見直す役割を担うことになります。つまりAIエージェントの進化は、単なる業務自動化ではありません。企業の境界、組織の単位、そして人が担う責任の置き方そのものを変える可能性がある、と考えています。
AIエージェントの導入を検討する企業へのメッセージ
最後に、これからAIエージェントの活用を検討する企業へのメッセージを伺いました。
身近な業務から始め、AI活用の「小さな成功」を積み上げる
――どこから踏み出すべきか、迷っている企業も多いと思います。
小西氏:
まずは、小さくても成功させてみることだと思っています。いきなり重要なプロセスをAI化するのは難しい。議事録の作成や誤字脱字のチェックのような、小さいけれど手放せなくなるものから入るのが現実的です。社内を説得するときも、お客様に提案するときも、成功を積み上げていくしかない段階だと思っています。最近よく言うのですが、AIはカーナビに似ていると思うんです。私自身、最後まで「カーナビはいらない、自分の知っている道のほうが早い」と言っていた側でした。ところが知らない場所へ行ったとき、隣に乗っている妻がスマートフォンでナビを見て「そこ右」と言うわけです。それで、「だったら、もうカーナビをつけてもいいか」となりました。
AIも同じで、「自分の経験や知識のほうが正しい」と思っている方は少なくないと思います。それも間違いではありませんし、正しい判断です。ただ、知らない業務領域や新しい業務領域が日々生まれる中で、周囲でうまくAIを活用して成果を出す人が増えれば、使うことが当たり前になる時代は来るでしょう。だからこそ、今のうちから小さな成功を積み上げておくことが大切だと考えています。
小野氏:
私たちも、AIを一度に大きく導入することをおすすめしているわけではありません。現場の皆様が日々負担に感じている検索、照合、転記、問い合わせ対応、例外の振り分けといった仕事の中から、小さくても意味のある一歩を一緒に見つけたいと考えています。進め方についても、お客様、パートナー、オラクルのどこかが一方的に答えを持っているわけではありません。他のお客様も交えたワークショップでは、立場に関係なく、みんなが等しく宿題を持ち帰ります。横並びで、それぞれの課題をどう解いていくかを考える。今はそうした進め方が非常に機能すると感じています。
その過程では、データや業務ルール、権限、現場の負担、ガバナンスなど、解決すべき課題が見つかることもあります。しかし、それは立ち止まる理由ではありません。実際に試すことで課題を見つけ、自社に合ったAI活用の形をつくっていくための学びだと捉えることが大切です。まずは提案から始め、人の承認を介して実行へ進み、成果と現場の声を確かめながら、少しずつ任せる範囲を広げていく。その歩みを、私たちも伴走して支援します。
経営層へ|効率化投資ではなく、働き方の再設計投資として見てほしい
――投資判断を担う経営層・DX推進責任者には、何を伝えたいですか。
小野氏:
AIへの投資を、単なる効率化投資として判断しないでほしいということです。問うべきは「何人分の作業を減らせるか」だけではありません。業務部門や関係部門、パートナーを含めたチームが、より速く、より良い判断をし、責任を持って協働できる企業へ変われるかどうかです。
AIエージェントは、定型作業を代行できます。本当に変化が生まれるのは、情報を探す、転記する、確認する、催促するといった仕事が減り、人が顧客との関係づくりや例外への対応、業務の改善や新たな価値の創造に時間を使えるようになったときです。
人の仕事を減らすのではなく、人の価値を高める。部門ごとの最適化ではなく、企業全体の成果を高める。エコシステムとの協働を強化する。そして、学び続け、改善し続ける。そう捉えるなら、AIへの投資は単なる効率化投資ではなく、経営資源の配分と企業の働き方そのものを再設計する投資になるはずです。私たちも全力でサポートしたいですし、その準備はできています。

ERP領域のAIエージェント活用は、機能を導入すれば終わるものではありません。どの業務を任せ、どこまでの権限を渡し、誰が責任を持つのかを設計する取り組みです。
丸紅I-DIGIOグループは、Oracle Fusion Applicationsが持つ業務データ・プロセス・権限管理の基盤と、オラクルのAIに関する知見を生かしながら、構想策定から対象業務の選定、ガバナンス設計、運用改善までを伴走します。AIを実務で価値が出る「使える武器」にするための小さな一歩を、まずはご相談ください。
※Oracle、Java及びMySQLは、Oracle、その子会社及び関連会社の米国及びその他の国における登録商標です。
文中の社名、商品名等は各社の商標または登録商標である場合があります。